10月になろうと言うのに、ここ沖縄では日中30度を超す暑い日が続いている、そうな。東京送りのテレビ・ニュースで、女性のキャスターが顔を顰めて「まぁ、そんな所に住んで」みたいな、気の毒そうに言うのを聞いて、「へぇ、そうなんや、まだ暑いんや」と、まことに間の抜けた感慨に耽っている私だが、実はほとんど昼間は家の中にいてうだうだし、やっと日も傾いてジョギングに出かけ、たまに誘われて夜、居酒屋にくり出すような生活をしていては、暑い日が続いているという皮膚感覚がまるでない。それどころか、夕方のジョギング時に眺める夕日の色であったり、肌を過ぎる風の感触であったり、ビーチの夏逝く光景であったりが、南国の秋の到来をかえって今年は例年よりも早いぐらいに感じさせていたほどだ。多分に、すでに秋めく私自身の心が影響しているものと思われるが。
しかし今年は、爽やかな秋の訪れと手放しで喜んではいられない。
新型のインフルエンザ蔓延の脅威がこれからますます強くなるわけで、死につながる可能性は、一概に、痼疾のあるなしにかかわらず、また年齢によるものでもなさそうなので、本当に、言い知れぬ恐怖を感じる。今年の初め、香港型インフルエンザに感染し、コンサートの開催をも危ぶまれた私にとってはなおさらで、責任上、絶対に感染したくないと注意している。外出する時は、スーパーでも、家電ショップでも、人が屯するところでは必ず今はマスクをしている。
帰宅時における手洗いうがいはもちろんのこと、部屋の中のウイルスを除去する空気清浄機まで買ったりして、考えられる予防策は全部施したつもりだ。
しかし、心の内では過剰防衛だと思わないことはない。
そんなことをしても完璧であるわけがないし、目に見えぬ敵との空しい戦いに阿呆らしく思えることもある。人ごみで今、くしゃみなどすれば周りの全員があからさまに嫌な顔をし顔を背ける。「これ、鼻炎なんです」と言っても信用してもらえず、来春の花粉症の時期が来たら一体どうなるんだろう。くしゃみを3回も4回も繰り返せばきっと周りの人に殺されてしまう。『くしゃみ殺人事件』だ。
ジョギングをしていて気付くのだが、今、ウォーキングしている人がマスクをして歩いているかと思えば、ジョギングしている人さえもがマスクをして走っている光景を見て、「これって、少しおかしくない?」と疑問が沸き、想像して苦しくなった。人ごみを避けられるところではマスクを別にする必要がなく、その辺の匙加減を間違えれば、一種異様な世の中の光景が繰り広げられることになる。
いずれにしろ、一日も早く、せめて季節性インフルエンザ同程度までに、死に至る恐怖を取り除くべく特効薬を発見していただき、間違っても、12月の那覇マラソンが、また来年2月の東京マラソンが、参加者全員マスク着用を義務づけられ、約2万3万の人々全員が、病で痩せ衰え眼窩が窪み、白いマスク姿で青白く蹌踉と力なくスタートラインに立っていることがないように、万全の対策を講じてほしい。
「おぉ、恐(こわ)」
2009年10月1日