今年一年が夢のように終わって行く。
昨年の夏、すぐ上の姉を亡くして、どうにもその死を受け入れ難く、助けてやることのできなかった激しい自責の念に押し潰されそうになり、とにかく姉の無念を成仏させてあげなけれならないと思い、居ても立っても居られず、ほとんど知識も計画もないまま闇雲にお遍路に旅立っていた。
一番札所の霊山寺から八十八番札所の大窪寺まで、毎日平均30km、痛い足を引きずりながら、折れそうな心に覚束ない真言を繰り返し繰り返し唱え、姉の成仏を願う一心で八十八ヶ寺を都合一ヶ月半ほどで歩き通すことができた。
だからといって、悲しみや苦しみが完全に癒されたわけではなく、肉体の一部を欠いたような喪失感を抱えて残りの人生を生きて行かなければならないことは同じである。時に厭世的な気分に落ち込みながらも、ハッと自分自身の人生に気づき、しっかりしなければいけないと自分に言い聞かせる、そんなことの繰り返しの一年であったような気がする。
お遍路から戻ってしばらく足裏に電気の走るような痛みが残り、夏場は運動を控えていた。そのせいで体重が5、6kgもオーバーしたが、逆を言えばその間の規則正しい生活のおかげで食欲はあり、快眠、快便で、すっかり健康体になっていたとも言える。ただ唄うにはやはりこれ程の体重オーバーは自分にとってはきつく、あるライブでそれを実感し、それ以後またジョギングを徐々に再開し始め、今やっともとに戻ったところである。
自分の過度に弱い性格として、いくつかの心配事を抱えながら平気で歩くことなんてできない。一つのことをなんとか克服して、やっとまた歩き出せる。まるでゼンマイ巻きの玩具の車のように、壁に止まったらまた方向を修正して動き出すみたいな。ここまでよくもまぁ、壁に突き当たり突き当たりしつつ、ゼンマイも巻き切れずに来たものである。還暦を過ぎてこの性格を今更嘆いても始まらないが、なかなかにしんどい人生である。
残すところ今年も後一ヶ月。過ぎれば夢のようにしか思えない旅も終わって、後いくつかのライブが残されているだけ。
今年も色んなテーマでライブを行った。来年も同じだろう。とりあえず目前の一つ一つのライブを悔いを残さず楽しくやって行くことしか考えない。
1300km歩いた遍路旅で教わったことは、一日一日を別のものとして、苦悩の風雨に晒されながらもただただ喜びつつ歩く。
今年経験し得たこの境地を、来年は肝に銘じて生きることとする。