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From 龍雲

今までに身に付けたジュエリーの多くは人からの貰い物で、自分で買ったことはほとんどなかった。

今までに身に付けたジュエリーの多くは人からの貰い物で、自分で買ったことはほとんどなかった。欲しくはなかったかというと別にそうでもないのだが、たまたま気に入ったものが値段が高すぎたりで、だからと言ってイミテーションめいたもので我慢する気にもなれなかったというところである。
生まれて最初に身に付けた装身具はと言うと、高校の入学祝いに父から買ってもらったSEIKOの腕時計で、文字盤がグリーンで、表面のガラスがカットされた当時流行りのものだった。大人の仲間入りと言った感じでとても嬉しかったことを覚えているが、今は甥にあげたかで手元にない。
次に身に付けたのは、今でも僕の左の薬指にあって身を守ってくれている母の形見の18金の指輪だ。母の亡くなった高校二年の秋から今まで肌身離さず身に付け続けている。独身の時代から結婚指輪とよく間違いられ、今でも、離婚したのに何故、みたいなことを聞かれることがたまにあるが、これだけはお守りとして生きている限り決して手放せない。
他のは多くは姉からだったり、時にファンの方からだったり、時時の彼女からだったりで、ある意味、自分の意思とは別に贈られるままに身に付けて来たようなところがある。
そんな僕が自らの意思で自分のものとして買った装身具と言えば、次に挙げるものしか記憶にない。最初はグアムでアルバム「発熱」のレコーディングの時に買って帰ったカルティエの腕時計。それにワイキキのモアナ・サーフライダーズ・ホテルの一階にあったティファニーで買った結婚指輪。今は下の娘がネックレスとして持ってくれている。さらにはラスベガスで賭けに勝った記念にとやはりハワイで買ったロレックスの腕時計。それとあともう一つ。

 

昨年の確か正月。ハワイの帰りにホノルル空港での待ち時間にブラブラしていて、マウイ・ジュエリー・ショップで買った黒サンゴの指輪。何気なく覗いたショー・ケースの中で一目惚れに近い感覚でそれを手にし、ラスベガスでの軍資金が土壇場のジャックポットでチャラとなって戻ってきたせいもあって迷わずに買った。それ以来、右手の薬指にしたり、中指にしたりしているのだが。購入時に飛行機の搭乗の時間が迫って、サイズの調整をせずに買ったため、指がむくんだり、痩せたりで、はめる指が違ってくるのだ。どちらの指にしてもどっちつかずで、でも、男の指輪として初めて買った指輪、思い出してみればバクリョウだった父の指にも金の大きな指輪がされていたっけ。父息子(おやこ)二代血の為せる技か、決して手放すものぞとそのままにしていたら3日前、右手の薬指から知らぬ間にいなくなっていた。知らぬ間にいなくなったのは、家出をした母、別れた妻、そして今回が三度目のことで、いずれをとってもショックの大きいことこの上ない。 コンドミニアムでチェックアウトする朝、シャワーを浴びていて指輪のないことに突然気づき、浴槽の栓のあいてるのを発見して落として流されたことを直感し愕然とした。あれほど父が悔しがっていたことを忘れたか。父も実はもう40年ほど前に歯を磨いている時に排水口にあの金の大きな男の指輪を落としており、90歳近い今になっても、家を掘り返す、と思い出す度に悔しそうに執念深く姉達に言っているらしい。父息子二代のとんだ不覚。これも血の為せる技か。
執念深さがお家芸となればとことんやるまで。浴槽の排水口をもう一度目を近づけてよく見ると、指輪が通り抜けるにはその構造からして少し狭すぎるような気がして、よし!と希望を取り戻し、床に腹這いになってベッドの下、机の下、さらにはゴミ袋の中までをも指を傷つけながらも徹底的に探してみた。がどこにも見当たらない。今度は再度部屋中をくまなく歩き回って探してみたけれどやはり見当たらない。苦しい時の母頼みと左手の薬指の指輪に触れてお祈りを捧げる。そうだ、食器を洗ってる時に外れたのかもしれないとキッチンのシンクの排水口を探すが、やはり浴槽の排水口の場合と同様に確信がもてない。結局、最初に気づいた通りシャワーを浴びてる時に落として流れてしまったのだろうと諦めるしかなかった。すでにチェックアウトの時間はとうに過ぎており、いよいよ部屋を出なければいけなくなり、泣く泣く部屋を後にした。 廊下をエレベーターへと行く途中左側にランドリールームがあって、昨夜12時頃遅くここで洗濯をしていた。自分の諦めの悪さに辟易しながらも、ランドリールームに入って洗濯機の中を覗いて見るが、ない。次に乾燥機を覗いて見ても、やはりない。もうダメだな、あれ、実は乾燥機と思って今覗いたものは別の洗濯機で、乾燥機はその上に設置されていた。平常心を失くして全く何も見えなくなっている。父譲りのこの性格。あぁ嫌だ、嫌だ。改めて乾燥機の扉を開いて中を覗いて見た。あった。なんと一つぽつんとそこにあったのだ。あった!あった!あった!

 

だからやっぱり薬指にはめた母の形見の指輪は、お守りとして死ぬまで決して手放せない。

 

2012年11月1日