持参するもの。
洗面用具(歯ブラシ・歯みがき・石鹸・洗面器)、お箸、コップまたは湯のみ茶碗、タオル2枚、バスタオル1~2枚、ティシュペーパー、室内ばき(滑らない履物)、肌着類。
虚血性心疾患(狭心症・心筋梗塞)の疑い有りとして、去る5月7日、冠動脈造影検査を受けるべく一日だけ検査入院した。カテーテルと呼ばれる管を血管(動脈)に入れ冠動脈の入り口近くまで挿入し、そこから造影剤を注入してレントゲンで冠動脈の詰まりの有無を見るらしい。
病院から渡された入院案内の冊子を読んで、持参するものを確認しながら、(たった一日の入院だし、まさかバスタオルはいらないだろう)と思いながらも初めての入院で勝手もわからず、書かれているままにバッグに詰め込んだ。
始めはよかった。明日のゴルフの着替えを詰めるようで。でも違った。箸やコップを台所で探してバッグに詰める時、多少の不安と、一人で準備するわびしさからだろう、男のくせに情けないが、突然胸にこみ上げて来るものを感じて、入院する気持ちってこんなだったのかと思い知らされた。お袋、親父、兄貴、姪、先妻、友人と幾度となくこれまで病院に見舞って来たが、自分が初めて入院して、もっと思いやるべきだったなと反省させられた。
当日、予約した個室に入り、病院服に着替えて午後からの検査を待った。その間、看護婦さんが入れ替わりにやって来ては色々と準備を進めてくれていたが、その時ふと目に飛び込んで来たものがあった。それは、殺風景な病室の、ベッドから見て正面の壁に縦長のカレンダーと並んでA4サイズの鳥の写真がパウチされて飾られてあった。振り向けば左横の壁にも。紺色の羽根に白いくちばし。どこかで見たことのある。よく見るとそれは紛れもなくルリカケスだった。
(殺風景が当たり前の病室に、何で二枚もそれもルリカケスの写真が飾ってあるのだろう)と不思議に思って看護婦さんに聞いてみたら、
「さぁ、前の患者さんが貼って忘れて行ったんですかね?」と興味なさそうに要領を得ない返事をして部屋を出て行った。すぐに思った。
(母ちゃんだ。絶対、母ちゃんの仕業に違いない)
その時、奇跡を直感して鳥肌の立つ思いがしたことを、歌を知る人にはわかってもらえるだろう。
検査は思ったよりも大変で、夜中じゅう、添え物をして真っ直ぐに伸ばした左腕に鈍痛があり、二度も痛み止めをもらうほどだったが、それでも、ルリカケスが見守ってくれていると思えば、少し痛みも和らぐかのようで何度か浅い眠りにつくことができた。
翌朝、不思議とカテーテルを入れた左腕の疼きはなくなり、右手の点滴も外されて、昼前に退院の運びとなった。
検査の結果は、心臓には全く異常なしと言うことで、マラソンもどんどん走っていいと言われ、ひとまず、安心した。
本当のところ、この話しはここで終わればいいのだが、
検査入院して10日後、診察に出向いた時、担当医から「心臓は全く問題ないです。ところで、これにサインをもらえますか。看護婦に頼まれまして」と差し出されたものを見ると、何と個室の壁に飾ってあったのと同じルリカケスの写真ではないか。
奇跡の正体はこんなオチだったけれど、やはり奇跡だったんじゃないかと今も信じている。
たとえ僕のファンの看護婦さんであったとしても、その病院勤務ではなかったかもしれないし、昔のファンなら<ルリカケス>と言う曲を知らないことさえありえる。もし知っててルリカケスの写真をプリントアウトはできてもパウチまではできなかったかもしれない。それより何よりも、ひそやかに壁に飾っておくなんて、そんな優しさを思いつかなかったかもしれない。
そう思えば、不安な気持ちの中でルリカケスの写真を発見したあの瞬間、確かに母の奇跡は行われたと信じて疑わない。
2012年6月1日