新年、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
願い事の書かれた透明のグラスの中に炎が揺れて、それがおびただしい数、境内に置き並べられていた。四国八十八ケ所巡礼の第五十一番札所、石手寺の万灯会の様子らしい。 (ゆく年くる年)で荘厳なその映像を見てテレビを消し、今これを書き始めたところである。
昨年は痛ましい東日本大震災があった年でもあり、年末年始のお参りもいつもの年より誰もが心なしか神妙にテレビに映っていて、日本人全員が何かしらの変化を心の中に感じて新年を迎えたような気がする。死者への弔いの想いと生かされている感謝の念がそうさせるのだろうが、それは近年になかった、とても望ましい意識の回帰だと思える。ややもすれば軽佻浮薄な感が拭えなかったここ数十年来の日本人が人生の価値観を見直すべく明けたそんな新年ではなかろうか。
それにしても今年の紅白歌合戦、七年ぶりに紅組が勝利した。おめでとう。本当はどうでもいいことだが。お昼からWOWOWで「寅さん」を見て、部屋の大掃除?いや小掃除だな、を終えて、食事をしつつゆっくり今年は紅白歌合戦を見た。
出場された歌手の方たちはもちろんだろうが、われわれ視聴者も今年は震災や原発事故のことがあるので歌を真摯にとらえる態度があったように思えて、個人的には近年になく良い紅白ではなかったかと思える。
同じジャンルだけにユーミンや長渕はさすがだと思ったし、福島出身の猪苗代湖ズや西田敏行さんも思いがこもっていて良かった。それに千昌夫さんの「北国の春」は被災したふるさとの一日も早い復興の象徴として聞こえ、胸にグッとくるものがあった。レディーガガや松田聖子とその娘さん共演の演出も絆を感じさせ、その他の出場者の熱唱も含め、今回は受信料を払うだけの価値はあった。
でもあえて苦言を呈するならば、NHKの演出にもまた歌手の方達の歌の中にも、未来への希望や人との絆は感じ取れたが、いや、はっきり言えばそれだけに終始していたと思う。本当は不幸にも亡くなった方達への鎮魂の歌があってしかりだったと思うのだが、そこの視線が抜け落ちていて、ただただひたすら元気づけようとする歌だけで、ある人達にとっては偽善的に感じられて心が癒されずに終わったのではあるまいか。実は抜け落ちてたその視線こそが、否応なく今回の震災で変わった日本人の心の価値観であるにもかかわらずだ。そう考えると、テレビやもっと言えば政治は国民の変化に本当のところで気づいてなく、相変わらず旧態依然とした感覚のままで震災後の今年もい続けるつもりじゃないだろうか。決して許されるはずがないにもかかわらず。
手前味噌だと思われてもいい。プライドを持ってはっきり言おう。
抜け落ちてた視線。それを埋めることができるのが永井龍雲の歌なのだ。
デビュー35周年の今年、その気構えで走り抜きたい。
2012年1月1日