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先月、上の娘が15歳になった。

先月、上の娘が15歳になった。
本当に早いものである。
一緒にいる時は下の娘共々三人、丁度「小」の字のようになって今だに寝るのだが、僕の中では、七五三の時の、そうアルバム『沖縄物語』のジャッケットの時の五歳三歳の頃のままである。親バカの謗りを免れないが、せつない思いをさせていながらも子供達は本当に素直ないい子に育っていると思う。二人とも母親の良い血を引いたのだろう、そのことに本当に感謝する。
最近、バレーボールを始めたとかで、楽しんでいるようだが、15歳といえば中学3年ということで、自分の15歳の頃はというと、野球部を夏で引退していよいよ高校進学に頭を切り替えつつある時で、とはいえ、勉強する気は全く起こらず、ギターを買ってフォークソングにいよいよのめり込んで行く時期だった。生意気盛りの反抗期で、無免許で田舎の道を時々一人バイクを乗り回したりと、何だか長閑で楽しい時期だった。
もしかしたら人生で一番楽しい時期だったかもしれない。
本当によく夫婦喧嘩ばかりしていたけど、母ちゃんも生きていたし、父ちゃんも若かった。兄弟もみんな元気に自分の夢を追っていた。それに次の年、高一になったばかりでまだ15歳で亡くなった親友の三隅ともよくつるんで遊んでいた。
もし、もう一度訪ねてもいい人生の時期があるとすれば、きっとこの頃を選ぶだろうな。
無邪気に夢を信じていたし、自分自身をそんなに好きだったわけではないが、生まれたままに自分が自分でいることを許された。
娘達にはどうかこのまま素直な子に育つことを望むし、親としてできる限り子供の心に暗い影を植えつけないようにいつまでも元気で長生きしたいものである。

 

いよいよ10月16日、宮崎県は高原町でのコンサートは今年で5年目をもってフィナーレとなる。よくもまあ、こんな僕に5年も高原の人達は付き合ってくれたものだ。ありがたい。
1回目を終えて、実行委員の方達の創意工夫をこらした手作りコンサートが、やる方見る方全員にとって大変心地良く、「来年もやろう」と盛り上がり、その間、「ではどうせなら」と[神武天皇の里・高原ふるさと観光大使]にと抜擢され、2回目、「なんかいいね~、じゃぁ、来年もやっか!」 3年目、「今年で終わりにしましょう」が、打ち上げで違った意味で盛り上がり、「来年のステージの仕掛けどうするべ」と酔った勢いで4年目を約束する。4年目の昨年、たまたま高原に縁があり旅に訪れていた、渥美清さんの(男はつらいよ)シリーズにたびたび出演していて女優であり声優としても有名な岡本茉莉さんに飛び入り参加していただき、ピアノの古寺ななえさんとの即興のコラボが大いにウケ、「それでは、4という数字もなんなんで、5回を最後にしましょう」と自分で強引に慌てる実行スタッフを無視してステージ上で宣言した。
ところが、ゴールデンウィーク前後に例の口蹄疫の騒動が起こって、これは大変なことになると、僕自身はほとんど中止を覚悟して、「この状況でこちらからお願いすることは出来ない」と担当スタッフにも伝えておいた。それなのに、わざわざ、実行委員長の内村さん、登喜子さんを始めとして実行委員の方達が7月頃、僕のライブに遊びに来てくれて、「そろそろ終息に向かっていますし、皆さんも楽しみにしています。こんな時だからこそフィナーレやりましょう」と言ってくれた。本当にその気持ちが嬉しかったし、改めて人の人生のわずか5年であったとしても、生きた証しというものを実感として感じられ、このイベントをやってよかったとつくづくと思った。
最後、心を込めて一生懸命歌います。
このイベントを支えて下さったファンのみなさん、小林の伸ちゃん、宿を提供して下さった文ちゃん先生他、皆さん本当にありがとうございました。

 

2010年10月1日